若い頃、南仏コート・ダジュールの中心地ニースや映画祭で有名なカンヌを旅行したのは一生の思い出。心が晴れやかになる穏やかな地中海の光景をみて毎年来たいと思ったが、人生そううまくいかず再訪の機会がめぐって来ない。
バルセロナからジュネーブに帰るときニースで一泊した。入江に沿って続く散歩道ゆっくり進み目の前に広がる青い海を目に焼きつけたあと、山側に15分くらい登ったところにあるシャガール美をめざした。閑静な住宅街の一角にあるこの美術館は正式名は‘国立マルク・シャガール聖書の言葉美術館’といい1973年に開館した。
訪ねたのはオープンして10年経ったとき、だからすごく新しい美術館という感じがした。1階だけのこじんまりとした展示空間なので1時間もあれば十分楽しめる。ここに飾られているメインの作品は旧約聖書を題材にして描かれた17点の連作。いずれも天地左右2mもある大作、大きな作品がこれだけ多くあると身も心もシャガール一色に染まる。
10年くらい前まではちょくちょく開催されていたシャガール展を欠かさずみていたが、感激の大きさでいうとニースで味わった満足度のほうがいつも上回っていた。だから、ときどき図録をみてあの大作で感じた色彩の強い力を思い出している。
シャガール(1887~1985)がニースにほど近いヴァンスに移り住んだのは1950年、62歳のとき。その4年後からこの連作の制作がはじまり1967年まで続く。お気に入りなのが‘楽園を追われたアダムとイヴ’、‘アブラハムと3人の天使’、‘十戒の石板を授かるモーゼ’、‘雅歌Ⅰ’。
キリスト教徒ではないが、旧約聖書の話やキリストの物語について多少なりとも知っているのは絵画や彫刻とのつきあいが長いから。宗教画を見続けているお蔭でモーゼやキリストのハイライトの事件はしっかりイメージできるようになった。ポンピドーとこの美術館にあるシャガールの作品もそれに一役買ってくれている。
もしこの美術館で将来修復工事があるとしたら、日本の美術館が動けばシャガールの連作が日本でみれる可能性がでてくる。そんな夢のようなことがおこるだろうか。